第29回 定期演奏会

メンデルスゾーン:序曲「フィンガルの洞窟」作品26

29th定期パンフレットメンデルスゾーン(Felix Mendelssohn-Bartholdy, 1809-1847)は、ハンブルグにて裕福な銀行家のユダヤ人の家に生まれました。
ドイツ語以外にも様々な言語を操り、また音楽のみならず水彩画でも多くの作品を残すなど、多彩な才能を発揮しました。
作曲家としては、交響曲・協奏曲・オペラから室内楽やピアノ曲など幅広く、数多くの作品を残しており、中でも「夏の夜の夢」や「ヴァイオリン協奏曲」は最も有名な曲の一つです。
また、それまで独立していなかった指揮者という職務を独立させ、自らも極めて有能な指揮者として率先して弟子たちに指揮法を教えるなど、現在にまで至る指揮法を確立した創始者でもあります。

フィンガルの洞窟は、スコットランドのインナー・ヘブリディーズ諸島の無人島、スタッファ島に存在します。
オルガンのパイプを思わせるような、全体が六角形につながった玄武岩の柱からできており、のちにこれが侵食を受けて自然に形成されました。

メンデルスゾーンは1829年8月にこの地を訪れ、乗船していた汽船内で、姉宛に「どんなにヘブリディーズ諸島が僕を魅了したかをわかってもらうために、心に浮かんだものを書き留めました」という手紙と20小節の楽譜を送っています。

1830年に手稿譜「ヘブリディーズ諸島」を完成させましたが、1832年に改訂しています。
この際に、フルスコアは「フィンガルの洞窟」の表題で出版し、パート譜は「ヘブリディーズ諸島」の表題で出版されています。

ヘブリディーズ諸島の力強さや美景、孤島の侘しさや孤独感(第1主題)、静かな海、嵐、逆巻く波(第2主題)、汽船やカモメの音等の光景など、メンデルスゾーンが味わったその時の気分を感じていただければ幸いです。

R.シュトラウス:
交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」
作品28

リヒャルト・シュトラウス(Richard Georg Strauss, 1864-1949)はドイツの後期ロマン派を代表する作曲家です。
交響詩とオペラの作曲で知られ、また、指揮者としても活躍しました。

「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」は14世紀の北ドイツの伝説の奇人ティル・オイレンシュピーゲルの冒険団を題材に、R.シュトラウスの管弦楽法全てが巧妙に生かされた傑作です。
主人公のティルが放浪者やもぐりの職人となって、様々な身分の人々を欺きからかい、その愚かさを暴くお話…といっても、「世直しをする正義の味方」には程遠く、お食事時にはあまり読むことをお勧めできないようなイタズラばかりです。

ドイツ語でオイレンは知の象徴である「ふくろう」、シュピーゲルは化身を体現する「鏡」を表し、実際にティルの墓碑にはふくろうが爪で鏡を持っている姿が彫られているそうです。
曲では絞首刑で命を落としますが、原作では死刑宣告も得意の詭弁で回避し、最後は病により永眠しています。

冒頭の弦楽器による前奏は物語の「昔、あるところにイタズラ好きな道化がおりまして」とティルを紹介し、ホルンによるティルのテーマが現れます。
市場に登場したティルは馬の背に飛び乗り、あたりを混乱の渦に飲み込みながら煙に巻いて逃げてしまいます。
続いてティルは司祭に扮して道徳について説教なんぞを始める始末。もちろん本性は隠したまま。
ここでふと彼は自分の行く末に恐ろしい予感を覚え、勇気を奮い崖から飛び降りますが、真っ逆さまに落ちながらも更なる冒険へと飛び込んでゆきます。

騎士に扮したティルは美しい女性たちと甘い恋を楽しみすっかりのぼせ上がりますが、その後恋に破れたティルは何と人類全てに復讐を誓うのです。
学者達を悩ませ惑わせるはずが論破され、苦し紛れに小唄を歌ってごまかします。

再びホルンによるティルのテーマが現れ、次第に勢いを増していきますが、数々の不品行が当局の逆鱗に触れ、ティルは逮捕され、不敬罪で裁判、そして死刑の審判が下されます。
恐ろしい予感が現実になりました。絞首刑台にかけられ、やがて呼吸が体から抜けてゆきます。
最後に痙攣が走り、ティルの生命に終止符が打たれました。

「昔、あるところに…」
冒頭のテーマが回帰し、伝説的ないたずら者は死んでも、彼の残した愉快ないたずらは不滅であることを示すティルの笑いの動機で曲が締めくくられます。

ドボルジャーク:交響曲第8番ト長調 作品88

ドボルジャーク(Antonín Leopold Dvořák, 1841-1904)はチェコを代表する作曲家です。
肉屋と旅館を営む家に生まれ、旅人のために民謡や舞曲を演奏していた父親の影響で幼少時代から音楽に親しんでいましたが、本格的な音楽の勉強は16歳からオルガン学校で2年間学んだだけで、あとはもっぱら独学で作曲技術を習得しています。
ブラームスに才能を見いだされるとスラブ舞曲集で一躍人気作曲家となり、室内楽・交響曲・カンタータなどの作品で地位を確立していきました。
「わが祖国」で知られるスメタナと共にボヘミア楽派と呼ばれています。
プラハ音楽院の教授就任や、アメリカでの交響曲第9番「新世界より」作曲など、音楽界に多大な功績を残しました。

交響曲第8番ト長調は、1889年の8月から11月にかけてボヘミアで作曲されました。
第7番以前の交響曲にはブラームスの影響が強くみられ、また第9番「新世界より」ではアメリカ滞在中の音楽から大きく影響を受けているのに対し、この第8番はチェコ・ボヘミア音楽の特徴が旋律や和声にふんだんに取り入れられているほか、作曲当時のドボルジャークの、幸福で充実した生活ぶりも感じられる曲となっていて、彼の全9曲の交響曲の中ではある意味異色なものとなっています。

第1楽章:Allegro con brio
チェロによる導入主題で始まり、その後フルートに導かれて明るい主要主題のはずんだリズムがト長調で現れ、次第に盛り上がってゆきます。
この主要主題がいろんな楽器の掛け合いで奏されます。
最後は主要主題を希望に満ちた全合奏で締めくくります。
第2楽章:Adagio
のどかな田園を思わせるような冒頭の弦楽器の静かなハーモニー、小鳥の鳴き声のような木管楽器の穏やかな響きなどの独創性はドボルジャークならではといえます。
中間部は長調に転じ、ヴァイオリンのソロが美しく流れます。
コーダで中間部が回想され、遠ざかっていくように静かに楽章を閉じます。
第3楽章:Allegretto grazioso - Molto vivace
スケルツォではなく3拍子のワルツ風な舞曲調で、チェコ的な気分にあふれた楽章となっています。
中間部の旋律は、ドボルジャークが1847年に作曲した歌劇「がんこな連中」からとられたものです。
ト長調4拍子となる力強いコーダもこの中間部の主題を変形したものです。
第4楽章:Allegro ma non troppo
全体は主題と18の変奏から構成されますが、ブラームスの交響曲第4番の終楽章を参考にしたらしく、全体はソナタ形式風のものにまとめられています。
トランペットによるファンファーレの導入のあと、チェロによって主題が静かにゆっくりと提示されます。
この主題は冒頭のトランペットにも見られたもので、この楽章全体を通して様々な楽器で変奏され、重要な役割を果たしています。
後半、クラリネットからオーボエに受け継がれていくうちにだんだん静まっていき終息に向かう感じを与えたところで突然速い速度の全合奏となります。
その後も速度を上げながら、興奮のうちに幕を閉じます。
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