第28回 相模原市民合同演奏会

喜歌劇「こうもり」より

28th合同パンフレットJ.シュトラウス2世(1825-1899)はオペレッタ作品を数多く生み出していますが、特有の優雅で軽快なウィンナワルツの旋律が全編を彩るこの「こうもり」は特に人気のある作品の一つとなっています。
「こうもり」の名前は、この喜歌劇の主人公アイゼンシュタインの友人ファルケ博士のあだ名からきています。
また、物語が大みそかの晩の出来事を題材にしていることから、ウィーン国立歌劇場では年末年始の恒例行事として公演が組まれるなど、長きにわたり愛されている曲です。

「序曲」は、喜歌劇の幕が上がる前に演奏される曲です。これから始まる喜劇の主だった場面の旋律が次々に現われます。
楽しく華やかで優雅なメロディが続々と登場する一方で、アイゼンシュタイン夫人の哀歌がオーボエによって歌われるなど、登場人物の様々な情景も描かれているこの序曲は、演奏会では単独でもしばしば演奏される名曲となっています。

アリア『侯爵様、貴方のようなお方が』は「こうもり」の中でもいちばん華やかで楽しい幕である第2幕、オルロフスキー公爵邸でのパーティーが開かれている場面で歌われています。
身分を偽ってパーティーに参加するアイゼンシュタインが、これまた女優と偽って参加していた彼の女中であるアデーレを見て「うちの女中に似ている」というが、彼女は「何をおっしゃるの? こんなに美しく優雅な私があなたの小間使いであるわけがないわ!」とからかいながら返して皆を笑わせ、、アイゼンシュタインの面目を潰すという場面です。

アリア『田舎娘の役ならば』は第3幕、先のパーティーで出会った看守のフランク(実は彼も身分を偽って参加)に惚れたアデーレが、本当に女優になるための援護を頼みに「今は小間使いの役だけれど、女優になりたいからパトロンになって」と女優の才能をアピールする歌です。

トリッチ・トラッチ・ポルカ

この曲は、J.シュトラウス2世が1858年に作曲したポルカで、パヴロフスク遠征大成功の余勢を駆って書かれた作品です。

「トリッチ・トラッチ」というドイツ語は「おしゃべり」という意味で、ぺちゃくちゃと賑やかに話す女性たちの様子をそのまま表したかのようなタイトルです。
またポルカは、1830年頃起こったチェコの民族舞踊で、ボヘミア地方から広まりました。速い2拍子のリズムが特徴です。

多くのJ.シュトラウス2世のポルカと同じく、とても軽快で威勢が良い雰囲気の曲です。また、シュトラウス2世の最初の妻ヘンリエッタ・トレフツが飼っていたプードルもまた「トリッチ・トラッチ」という名であったと言われています。

ワルツ「天体の音楽」

ヨーゼフ・シュトラウス(1827-1870)はJ.シュトラウス1世の次男で、J.シュトラウス2世の弟にあたります。一般的には兄に隠れがちな存在ですが、音楽的能力は優るとも劣らず、父ヨハンは兄弟の中でヨーゼフに一番才能があると語ったほどでした。
43年の短い生涯の間に220曲以上の作品を残しており、兄ヨハンのような華やかさはなくとも詩情にあふれるその作風からヨーゼフは『舞曲のシューベルト』と呼ばれています。

静かなフルートの音色に乗せて、透き通ったようなハープと弦楽器の響きで始まると、やがて空を覆う雲が晴れていくように明るい表情になってゆきます。トランペットのリズムが加わるを、落ち着きを保ちつつもパーティーのような曲調へと盛り上がっていきます。

やがて夜明けも近づき、冒頭の穏やかなフレーズをしっとりと聴かせたあと、最後は再び盛り上がって華やかに曲を締めくくります。

ポルカ「雷鳴と電光」

J.シュトラウス2世は数多くの有名なポルカを作曲していますが、この作品もその一つで、ニューイヤーコンサートなどでもしばしば演奏されています。
この曲は1868年に作曲されましたが、元々は「流星」というタイトルでした。同年2月、ウィーンの舞踏会で初演される前に現在のタイトルに変更され、現在に至ります。

打楽器群が活動するこの作品は3部形式になっており、大太鼓で雷鳴を、シンバルで電光を表し、巧みに模写しています。
瞬間に一気に盛り上がるところなどはスリリングな興奮が高まりますが、不気味とか恐ろしいといった感じは無く、むしろ明快でユーモラスに感じられる曲です。

プッチーニ:グローリア・ミサ

プッチーニ家は代々イタリア、トスカーナ地方の小さな町ルッカの市の音楽監督および大聖堂のオルガニストを務めてきた音楽家の家系でした。
祖父ジャコモ(1712-1781)も現在ではまったく無名に等しい存在ではありますが、当時はイタリアでは有名な音楽家だったようです。

「ラ・ボエーム」、「トスカ」、「蝶々夫人」、「ジャンニ・スキッキ」や「トゥーランドット」で世界的なオペラ大作曲家となるジャコモ・プッチーニ(1858-1924)もこうした家系に生まれました。
しかし、父ミケーレはジャコモが幼少の時に世を去ってしまい、ジャコモに音楽家系としての期待が重くのしかかってしまいました。
ジャコモはいやおうなしに音楽家としての教育を叩き込まれましたが、まだこの時には、彼の祖先のように一地方の教会音楽家になろうとしていました。

1880年ごろ、彼は生まれ故郷のルッカにあるパチーニ音楽院での勉強を終えています。グローリア・ミサ――作曲当時のタイトルが「管弦楽の伴奏を伴う4声のためのミサ曲(Messa a 4 voci con orchestra)」――を作曲したのもその年の夏で、彼の卒業作品として書かれたようです。
これはジャコモ・プッチーニ最初の大規模な音楽作品であり、また彼の最大の非オペラ作品でもあります。但し、クレドはすでにその2年前に書かれ、演奏されています(そのためもあって、この作品では「グローリア」と「クレド」が他の部分に比べて長大なものとなっています)。

この作品の初演は1880年8月12日、サン・パオリーノ教会でルカの守護聖人サン・パオリーノの祝宴において行われました。
その後、演奏が封印されましたが、のちにアニュス・ディの一部は彼の代表的なオペラ作品である「マノン・レスコー」第2幕で歌われるマドリガルに、キリエの一部もオペラ「エドガール」の第1幕で教会から聞こえてくるオルガン曲に、それぞれ転用されています。

その後、この作品は1951年に音楽院の倉庫から発見されて日の目を見ることになりました。
そしてアメリカで「グローリア・ミサ(Messa di Gloria)」として出版され、1952年にシカゴ、ヨーロッパで72年ぶりに再演されてからは、ロマンティックなイタリアの宗教音楽として、特に合唱関係者の間では広く愛好されるようになりました。

  1. Kyrie

    「Kyrie」は「主よ」という意味のギリシャ語。主キリストの憐れみを求めて祈る賛歌。

    美しい弦楽合奏の前奏に伴われて静かに祈りの歌Kyrieが始まります。
    続いてChriste eleisonが少し力強く合唱のバス、テノール、アルト、ソプラノの順に現われ、一度クライマックスを迎えたのち、再びKyrieが戻ってきます。

  2. Gloria

    「Gloria」はラテン語の「栄光」。神の栄光を称える賛歌。
    全曲中、もっとも大規模な構成になっており、この曲が「グローリア・ミサ」と言われる由縁です。

    「Kyrie」の変イ長調から、明るいハ長調に変わります。ソプラノとアルトの合唱で始まり、テノールとバスの合唱が答え、さらに一緒になって栄光を称えます。
    その後、また変イ長調に戻って緊張がほぐれますが、徐々に高揚し、トランペットのファンファーレによってLaudamusteに導かれます。
    一旦クライマックスを終えた後、変ニ長調のテノールソロが始まり、合唱も加わり調整が変わるオペラチックなフレーズが次々と現れます。
    そして、バスの合唱に導かれ壮大なフーガとなり、長大なGloriaは栄光に満ちて終わります。

  3. Credo

    「Credo」はラテン語で「信じる」。信仰宣言あるいは信条告白といわれる賛歌。
    これも大規模で壮大な曲であり、プッチーニの作曲技法が駆使されています。

    Credoは重々しいハ短調のユニゾンで開始されます。小休止ののち、急に音楽が動き出します。
    クライマックスののち、付点のリズムで死者のよみがえりが宣言され、音楽は一転喜びあふれるハ長調のEt vitamが女声、つづいて男声で開始され、壮大なクレドは収束します。

  4. Sanctus e Benedictus

    「Sanctus」はラテン語で「聖なるかな」。神への感謝を捧げ、その栄光を称える賛歌。

    バスのソロが活躍する美しい小品です。やさしくも力強いト長調ではじまります。
    バリトン・ソロのBenedictusにつながります。合唱がHosannaと答えます。

  5. Agnus Dei

    「Agnus Dei」はラテン語で「神の子羊」。平和を祈る賛歌。

    ソロと合唱の掛け合いで構成されたとても短い終曲です。
    テノール・ソロ、合唱、バリトン・ソロ、合唱と交互に受け答えをします。そして静かにとてもかわいらしく全曲を終わります。

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