第26回 定期演奏会

ブラームス:悲劇的序曲 ニ短調 作品81

26th定期パンフレットこの曲が作曲されたのは1880年であり、ちょうど同じ年にあの有名な「大学祝典序曲」が書かれている。
「祝典」と「悲劇」というこの二つの相反する性格を持った曲が同時期に作曲されたことは大変興味深い。

ブラームスはこの時期、ブレスラウ大学から名誉博士号を贈られた返礼として『大学祝典序曲』を書くなど、名声が高まり輝かしい栄光を手にいれていたが、同時にクララ・シューマンの息子フェリックスの死、親友の画家フォイヤーバッハの死、親友のヴァイオリン奏者ヨアヒムとの不和などの不幸な出来事が続き、深い喪失感も味わっていた。

しかし、ブラームスの書簡には「大学のための曲は私をなおも別の序曲へと誘惑しています。私はそれを『劇的な』とだけ名付けてよいと思います。」とあることから、「悲劇的」という言葉を単なる悲哀と捉えるのではなく、「劇的」つまり、苦しい状況にあっても何かに向かって生き抜いていくというような強靭な精神力や、また対人間への深い愛情等も表現していると言える。

ソナタ形式。曲の編成は大きく重厚な響きを醸し出すことから、交響曲の第1楽章に匹敵すると言っても過言ではない。

初演は1880年12月26日ウィーンムジークフェラインによる第6回フィルハーモニー演奏会、ハンス・リヒター指揮。

ワーグナー:舞台神聖祝祭劇「パルジファル」より
[1]前奏曲 [2]聖金曜日の奇跡

鑑賞のポイントとキーワード

ワーグナーは生涯の最後の作品として、中世の騎士伝説を基にした舞台神聖祭典劇「パルジファル」(全3幕)を完成させた。
この大作には管弦楽用として2曲、冒頭の「前奏曲」と、第3幕の重要テーマを基にした「聖金曜日の奇跡」がある。
どちらも劇中の人物、心理、情景、象徴等を、特徴のあるフレーズで示す「動機」を用いて曲が構成されている。

物語は中世の聖杯伝説。
聖なる力を持つとされる、キリスト処刑時の槍(聖槍)と、その血を受けた聖杯は、スペイン北部の聖騎士団の城モンサルヴァートに守護されている。
山一つ隔て、聖騎士になることを拒まれた邪悪の主クリングゾルの城がある。

第1幕
モンサルヴァートの王アンフォルタスはクリングゾルの姦計により傷を負い、聖槍を奪われ聖遺物守護の危機に瀕する。これを救う者は清らかな心を持つ愚者しかいない。
聖悪の間を行き来する女クンドリーの言葉から、城に来た若者が「清らかな愚者」と期待した長老グルネマンツは、彼に聖餐(騎士の活力の基となるパンとワインによる聖なる食事)の式を見せるが意味を理解せず、落胆し城から追い出す。
第2幕
魔の城に入ったパルジファルはクリングゾルに操られているクンドリーから誘惑される。
彼女の話から自分の出生の秘密を知り倒れこんだ隙に、クンドリーに抱擁されたパルジファルは、それがきっかけで聖餐の意味を解する。
そこにクリングゾルが現れてパルジファルを倒そうとするが逆に倒され、パルジファルは奪われていた聖槍を取り戻す。
第3幕

聖槍を携えて放浪の末に戻ったパルジファルを、グルネマンツも城を救う者と認め、クンドリーも聖槍に清められる。「奇跡を起こす聖金曜日の場面」。
邪気は祓われ、草花が咲き誇り、清々しい空気に満ち溢れている。
パルジファルの動機、花の動機、祝福の動機、贖罪の動機などで象徴される。

話は進んで、パルジファルが聖槍をかざすと王の傷は癒され、聖杯も失っていた光を取り戻し、騎士達はパルジファルがこの城の王となることを認める。
皆の祝福の合唱の中、祭典劇は幕を閉じる。

因みに、よく知られた「ローエングリン」は、パルジファルの息子である聖杯騎士のローエングリンが、王女エルザの危急の訴えに応じて彼女を救うために、この聖杯から遣わされるという物語である。

ブラームス:交響曲第1番 ハ短調 作品61

ブラームスは生涯に全部で4曲の交響曲を残した。
ハイドン(104曲)、モーツァルト(42曲)とは、曲の密度も違うので単純には比較できないが、ベートーベンや同じ時代のドボルザークやブルックナー(9曲)と比べても、寡作であるといえる。
しかし、寡作であるがゆえにすべての曲の完成度は高く、それゆえ交響曲の名作として演奏頻度も高い。
当団でも1番(1989年)、2番(1987年)、3番(2000年)そして4番(1993年)と演奏を重ね、1番はほぼ20年振りの再演となる。

ブラームスの交響曲第1番は、ブラームスが43歳の時に完成された。
ブラームスが交響曲を書くということを初めて着想したのは22歳のときで、シューマンの『マンフレッド序曲』を聴いたことが契機となったと伝えられている。その契機となった演奏会から完成まで21年間も要している。
「ブラームスこそは、ベートーベンの後継者」と目されており、ブラームス自身もそれを非常にプレッシャーに感じていた。そして、その期待にこたえるべく21年間という時間をかけて準備を重ね、この交響曲を世に送り出したといえる。

ブラームスの人生、そして作品を考えるときに、師匠でもあるロベルト・シューマンの妻であるクララ・シューマンの存在をどうしても無視することができない。
シューマンが没したとき、クララは37歳、ブラームスは23歳だった。
最初は、憧れからくる恋愛感情があったのかもしれない。
その憧れはしかし最後には音楽的に最も信頼がおける、かけがえのない女性へと昇華していったと思いたい。
ブラームスは、クララが亡くなった翌年、後を追うように病没している。

交響曲第1番では、完成した直後にクララにスコアを見せているということ、また後述のように、クララを思わせるようなヴァイオリンソロ、そして誕生日に贈った歌曲を取り入れていることなど、クララへの想いがなければこの曲の完成はなかったかと言えるのかもしれない。

第1楽章

ハ短調:ウン・ポコ・ソステヌート ― アレグロ

雄大で長大な序奏を持つ、ソナタ形式で書かれている。
これだけ長大な序奏を持つ楽章というのは、ブラームスにはあまり例がなく、少なくとも交響曲では、第1番だけとなる。
序奏は、主部が書かれた後に追加され、主部の素材が十分に活用されている。
主部はアレグロとなり、ソナタ形式。

第2楽章

ホ長調:アンダンテ・ソステヌート

ホ長調でゆったりとしたテンポで書かれている。
調性的には明るいはずであるが、影がありわびしさを感じさせる。
後半に登場するヴァイオリンソロはクララ・シューマンを思わせる美しいメロディーを醸し出す。

第3楽章

変イ長調:ウン・ポーコ・アレグレット・エ・グラチオーソ

交響曲の歴史の中で、ブラームスはそれまでの交響曲とは異なり、3楽章にスケルツォでもメヌエットでもなく、優雅な三部形式の曲を置いた。
チェロのピチカートの上に、クラリネットがやさしく、しかしここでもどこか物悲しい旋律を奏でる。
中間部は、ロ長調・八分の六拍子になり、一転して明るくなる。
中間部が終わるとまた主部が再現されるが、ヴァイオリンに第九の「歓喜の歌」を思わせるフレーズが出てくる。

第4楽章

ハ短調:アダージョ ― ハ長調:アレグロ・ノン・トロッポ・マ・コンブリオ

この楽章も第1楽章とまったく同じように、重厚な序奏から始まり、この後の主部に奏でられる動機の多くがこの序奏で垣間見られるようになる。
序奏の途中に現れるアルペンホルンを思わせる旋律は、クララ・シューマンへ誕生日のお祝いに贈ったものだと言われている。

アレグロの主部は、ハ長調のテーマから始まり、この旋律もベートーベンの「歓喜の歌」に非常によく似ていると言える。
展開部が省略されたソナタ形式で書かれているが、再現部のあとに展開部が現れ、最後は、速度を上げて力強く曲は終わる。

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