第17回 相模原市民合同演奏会

ブラームスについて

第18回合同演奏会パンフレット1833年5月7日、ハンブルク生まれ、市立劇場のコントラバス奏者をしていた父にヴァイオリンとチェロを学ぶ。
その後ピアノをマスターし、ドイツ人教師マルクスセンに作曲を師事。
師マルクスセンの指導でバッハ、ベートーベンらのドイツ古典派音楽の精神にふれ、生涯にわたる保守的な性向を形成した。

1853年、ハンガリーのヴァイオリニスト、レメーニイの演奏旅行にピアノ伴奏者として同行。
旅の途中、ハンガリーのヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒムと知りあい、彼の紹介でドイツの作曲家シューマンを訪問した。
シューマンはブラームスの未出版の作品に感銘をうけ、熱烈な賛辞をこめて作品紹介を雑誌「音楽新時報」に書く。
ブラームスもまたシューマンとその妻である有名なピアニスト、クララに深い敬愛をいだき、夫婦からあたえられた友情と励ましを糧に作曲に励んだ。
ブラームスはクララ・シューマンを愛していたと、多くの伝記はつたえているが、56年のシューマンの死後もクララに結婚を申し込むことはなく、生涯を独身でとおした。

作曲家としては非常に寡作であり、管弦楽曲として4つの交響曲を含む13曲ほどしか残されていない。

悲劇的序曲

悲劇的序曲は、1880年に作曲された。
この前年にブラームスは、ブレスラウ大学から名誉博士号を授与されている。
そのお礼として作曲された「大学祝典序曲」とともに、保養地であるイシュル滞在中に1880年の夏に作曲された。

曲は、3部で構成される。始まりはハンマーが振り下ろされるような2つの和音から始まり、テーマが提示される。前半では、このテーマを中心に激しく曲が進む。
中間部では、速度が遅くなるが、音楽の緊張感・密度は下がらない。
再度、第1部が再現されて、曲は終わる。

なお、この曲はフルオーケストラの初演の前に、ブラームス自身がピアノ四手用に編曲したものを、クララ・シューマンの誕生日(9月13日)にクララとブラームスで演奏したと伝えられている。

ドイツレクイエム

ブラームスは、生涯を通じて多くの合唱作品を残したが、その中でも最大の傑作といえるのがこの「ドイツ・レクイエム」である。
レクイエムとは死者のためのミサ曲、すなわち死者の霊を慰めるカトリックの教会音楽で、普通はラテン語の詞を用いて作曲されるが、プロテスタントであったブラームスは、ルターのドイツ語訳聖書から詞を選んで作曲しており、また教会の儀式のための音楽ではなく、演奏会用の音楽として作られている。

この作品は母の死や、恩師シューマンの死が作曲の動機となったといわれるが、死者の魂を鎮めるだけではなく、現世に残された人々の悲しみを癒すことも重要なテーマとなっていて、悲しむ者は慰められ、涙する者は報いられることが強調されている。

このレクイエムに「ドイツ」という言葉がつけられた意味は、詞がドイツ語であることに加えて、ゲルマン的精神を強くもつブラームスゆえドイツ人のためのレクイエムという特別な感情が込められているものと解釈されている。
また、この曲が完成した3年後の1871年に歴史上初めて「ドイツ」という国が成立し、ドイツの統一が達成されるという歴史的背景も無関係ではないだろう。
「ドイツ」という言葉には、ブラームスにとっても、また聴衆のドイツ人にとってもさぞかし色々な思い入れがあったはずである。

「ドイツ・レクイエム」は、約10年の歳月を費やして1868年に完成し、1869年にライプツィヒのケヴァントハウスで全曲が初演され、圧倒的な好評を得た。
三十代半ばの時期に発表されたこの作品により、彼の名声は決定的なものとなったのである。

市民合同演奏会とドイツレクイエム

相模原市民合同演奏会で「ドイツレクイエム」の終曲のみを、1995年の12月に演奏した。
これは、同じく1995年の春に亡くなられた元市民合同演奏会実行委員長の故鈴木義人氏への追悼の意を込めて演奏されたものである。

相模原市民交響楽団が創設される何年か前に、新日フィルと市民合唱団で相模原で「第九」が演奏された。
このときの「オーケストラもぜひ市民の手で」という願いから創設されたのが、相模原市民交響楽団である。鈴木氏は初代団長であった。
そして、念願の第1回定期演奏会ならびに第九演奏会が、1982年に催された。

このように故鈴木氏が今日の合同演奏会の礎を築いたのである。
本日は、このことも心に留めながら演奏したい。

曲別解説

第1曲「悲しんでいる人たちはさいわいである」
管弦楽の深い響きをバックに、人の抱える悲しみと、それへの慰めが歌われる。
悲しむ者は慰められ、涙するものは報いられるという作品全体の根本思想が、美しく清らかな音調で演奏される。
第2曲「人はみな草のごとく 」
葬送行進曲にあたる部分で、死・救済・永遠の喜びという信仰思想を扱う重厚な楽章である。
中間部が美しく歌われたあと、一転して音楽は輝かしいものとなり、力強い終結部で締めくくられる。
第3曲「主を私に知らせて下さい」
悲しみの底から光を求めるかのように語りかけるバリトン独唱に始まり、合唱も交えて、無力ゆえに神に救いを求める人間の訴えが綿々と歌われてゆく。
そして、「私の望みはあなたにあります」の部分から希望の光が射し込み、続いて信仰の確信を象徴するフーガが繰り広げられる。
第4曲「あなたのすまいはいかに麗しいことでしょう」
天使の声を思わせる美しさにあふれた安らぎの楽章。
主のすまいを賛美し、そこの住む者の幸福を歌っている。
中間部のフーガで一旦高揚したあと、再び安息の地に達する人々の喜びと幸福を描いて静かに曲は終わる。
第5曲「あなた方にも今は不安がある」
ソプラノ独唱と、それに呼応する合唱が清らかに歌われるたとえようもなく美しい慰めの音楽。
母性愛的な優しさに満ちた曲で、悲しむ者は慰められるであろうという思想がここでも表現されている。
第6曲「この地上には永遠の都はない」
合唱とバリトン独唱が、現世にはない安住の地を持たない人間の悲しみを歌い、次いで死に対する生の勝利を描く音楽となり、最後は神の栄光を賛美する大合唱が見事なフーガを繰り広げる。
全曲中最も劇的な楽章。
第7曲「主にあって死ぬ人はさいわいである」
死によって永遠に解放される魂の安らぎを歌う終曲。
最後に第1曲の楽想が戻り、死者の幸福を祈り、また残された者への慰めも願いながら、静かな感動とともに全曲が結ばれる。

演奏者から見たブラームス

合唱編

ブラームスが数多くの合唱曲を残していることは一般的にはあまり知られていないが、作品番号で見てみると、全作品の半数以上が声楽曲で、歌曲の他、美しい合唱曲・重唱曲・ドイツ民謡の編曲など数多くの作品を残している。
数が多いだけでなく、内容も豊富で、「ドイツ・レクイエム」のような管弦楽と合唱による荘厳な宗教曲のほか、恋愛を題材とした2台のピアノ伴奏による華やかな作品や、自然を歌った繊細な無伴奏合唱曲まで、実に様々なタイプの合唱曲があり、まさに合唱音楽の宝庫と言える。

そんなブラームスの合唱作品中、一番の大作であり傑作でもある「ドイツ・レクイエム」は、音楽的・精神的に大変深い内容をもち、歌い込めば歌い込むほどその魅力にとりつかれていく。
この曲を演奏できることは、ブラームス愛好者だけでなく、合唱をやっている人々にとって、大変大きな喜びである。

オーケストラ編

ブラームスと言えば、まず何と言っても4つの交響曲である。たった4曲しかない。しかし、これが全曲とも傑作なのだから堪えられない。「どうしてたった4曲なのか」と言いたくなってしまう。
アマチュアの演奏家にとって、「ブラームスを演奏できる」というのは、最高の至福のときなのである。

ブラームスは中低音が好きである。これは、ブラームスの父がコントラバスを演奏していたという影響が多分にあるであろう。
たとえば、ビオラとチェロで奏でられる交響曲第2番第1楽章の第2テーマや、交響曲第3番の第3楽章を思い浮かべていただきたい。ここぞと言うときに、ブラームスは中低弦楽器を使う。
そして、ドイツレクイエムである。
第1曲は、弦楽器の主役であるはずのヴァイオリンは、一音も奏でない。さらに、ビオラを2部に分けてチェロに至っては3部に分けている。つまり、チェロは2、3人で1パートを演奏することになる。まあ、よかろう。
しかし、ここまで種明かしをしてしまうと、決して筆者がチェロパートとは、あまり書きたくないのである。

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